計画から完成まで
スカイレール計画の原案が完成したのは1987年のことです。それからの7年間は、着工前の実現可能性調査、環境への影響度に関する研究とそれに付随する膨大な量のレポート作成と調査、専門家との検討作業、地方、州、および連邦政府への認可申請と地域住民への説明という準備作業に費やされました。
そして1994年、ようやく本格的な建設がスタートしました。
森林の形状をそのまま活かすことを大前提とし、貴重かつ絶滅の危機に瀕した生態に絶対に影響を与えないことを第一条件に、支柱の建設に適した場所の選定を行いました。
支柱の着工前に留意したのは、建設予定地を完成後に元どおり復元するということです。そのため建設予定地の表面を覆う落葉や土壌を採集し、一時的に保管しておきました。次に予定地を細かく分け、各区分から植物の種子を採取・分類し、工事期間中は別の場所で繁殖させておき、工事完了後には植物から落葉、表層の土壌に至るまで、すべてをもとの場所へ見事に復元して見せました。
支柱のある場所は10mx10mの広さで開き、また支柱間の距離は技術的な限界まで広げました。
支柱の土台となる箇所の建設ではほとんどの作業を機械に頼らず、つるはしやシャベルを用い、場所によっては最高で深さ5メートルまで掘り下げる作業を行いました。人家からはるかに離れた建設現場までは、環境に配慮して工事車両用の道路を一切設けず、作業員たちは道具を担いで森の中を、片道1時間毎日歩いて通いました。



作業のさまざまな面で効果を発揮したのはヘリコプターです。工具や建設資材、セメントを積んだヘリコプターが支柱や駅の建設現場を何度も往復しました。荷物を積む際はヘリコプターから100メートルもの長さのロープでつり下げ、熱帯雨林の繊細な形状を風圧で少しでも損なわないよう、細かい配慮を行いました。
支柱建設地の規模が小さく上空からの視認が困難なため、ヘリコプターによる輸送は容易な作業ではありませんでした。そのためヘリコプターのクルーは無線で地上と交信したりGPSを利用し、目的地へピンポイントで着陸するという離れ業を何度となく繰り返しました。
大型輸送ヘリとして有名なロシアのカモイヘリコプターが支柱を支柱建設地へ運ぶのに活躍しました。支柱は現場で組み立てるという方式を採用したため、ある程度完成した部分ごとに輸送しましたが、場合によっては最大5トンもの重量になりました。またケーブルも同時にヘリコプターで支柱間にかけ、引っ張る作業を行いました。



レッドピークとバロンフォールズの両駅は、周囲の熱帯雨林の景観を損なわず、また環境への影響を極力抑えるという目標のもと、森の中でもとから開けている土地を利用して建設されました。この作業のためにヘリコプターでレッドピーク駅まで輸送した資材は、鉄鋼、セメント、建築資材の合計で900トンもの量となりました。
1年3ヶ月の歳月と3500万ドルの資金を投入し、1995年8月31日、スカイレールは開業しました。当初の輸送能力は47台のゴンドラで毎時300人というものでしたが、その後250万ドルをかけて改良工事を行い1997年5月からはゴンドラ数114台、毎時700人と輸送能力が大幅に改善しました。
開業当時、スカイレールの運行距離7.5qは世界最長を誇りました。しかし、それ以上にスカイレールが高く評価されたのは、熱帯雨林を安全かつ環境にもやさしい方法で誰もが体験できるという、世界ではじめてのユニークなコンセプトでした。
スカイレールは、その計画から建設に至るまで世界初の工法を多く採用し、世界でもっとも環境に配慮したロープウェイ建設プロジェクトとして、現在も高く評価されています。